DjangoよりMurphyくんへ:
前回(第40回)ジャズ・ヴォーカルの素敵なアルバムとして、ジューン・クリスティを紹介しましたが、このジューン・クリスティ、以前に採り上げたクリスコナーとならんで、忘れてならないシンガーがいます。それは、アニタ・オデイ(Anita O'day)。アニタは、この2人の先輩格にあたります。白人女性ヴォーカルのトップといえる存在です。アニタは、ジーン・クルーパ楽団、スタン・ケントン楽団を経て独立。スイングジャズもモダンジャズも自在にこなします。1918年生まれ。
今からずいぶん前(15年以上前)になりますが、いつもポータブルCDプレーヤーを持ち歩き、レコード屋で買った時にもすぐに聴けるようにしていました。アニタ・オデイを初めて聴いたのは、実は、このポータブルCDプレーヤーにヘッドフォンをつけて聴いたのが最初です。彼女の存在は、もちろん知っていたのですが、そのうち購入しようと思いながら、LP時代は一度も買ってなかったということです。どうして買わなかったのか、よくわかりませんが、なぜかジャケットを見てあまり気が進まなかったのかも知れません。でも、50年代から60年代のアルバムですから、決してジャケットデザインに魅力がなかったわけではなく、アニタの容姿ももちろん悪くありません。単に購入を見送っていたというだけです。
ところが、ヘッドフォンで初めて聴いたとき、その本格的な歌唱力に驚きました。ジャズシンガー特有の楽器のように自在に歌いこなす力量、スキャットのうまさ、どんなアップテンポの曲でも、バックの伴奏に遅れをとらないどころか、リードしていくスピード感など、いやもう正直言って予想以上の素晴らしさで思わずうれしくなりました。この1枚のCDを買ってよかったという思いとともに、これまで自分がアニタのアルバムを買ってなかったことが、つくづく悔やまれました。でも、こんな素晴らしいシンガーを見つけたのだから、これからじっくり聴いていけばいいという気持ちにもなり、なにか宝物を探し当てたような喜びを正直、感じたわけです。
そのときのアルバムは、アニタの50年代の名盤アニタ・シングズ・ザ・モスト(Anita Sings The Most)です。1956年の録音ですが、これが自分にとってもアニタ・オデイとの出会いです。バックは、オスカー・ピーターソン・トリオにドラムスが加わりカルテットでの演奏。1曲目のS'Wonderfulから、ピーターソン独特の急流下りのようなスピード感に乗って、アニタは、ものすごい速さで軽々とフレーズを渡り歩いていく。歌に力みがなく、全く自然体で歌える人、だからスイングする。喉によく効くハーブ・エリスのギターも、アニタのスキャットに刺激されてか、Them There Eyesで全快。アニタのスキャットもハーブ・キャンディ効果でさらに調子が高まる。
6曲名に入っている、星影のステラ(Stalla By Starlight)を、電車のなかで何回も繰り返し聴きました。書店で自分の欲しい本を見つけたときや、素晴らしいオーディオの音に触れたとき、あるいは欲しいカメラをやっと探し当てたときのような、本当に好きなものを見つけたときに、からだのなかでエネルギーがグッとわき起こってくる感覚が、彼女の音楽を聴いて感じられました。
クリス・コナーやジューン・クリスティを知りながら、アニタ・オデイを知らなかった、その頃がなつかしく、彼女の歌声からその時の自分が、今でも思い出されます。彼女の歌は、料理で言えば、あっさり味で淡泊で、ベタベタしていない、サラッとしているんですが、味付けは決して単調ではなく、バリエーション豊富で、何回聴いても飽きがこないという印象です。
一生に一度でいいからアニタ・オデイのライブを聴きたかった、とつくづく思ったのがアニタ・オデイ・アット・ミスター・ケリーズです。このアルバムは、1958年にシカゴのミスター・ケリーズでのライブ録音で、バックはピアノ・トリオ。大阪梅田にある同名のミスター・ケリーズというライブハウスへ行くたびに、このアルバムのことを思い出します。もう少し、早く気がついたらアニタのライブが聴けたのに。
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※アニタ・オデイは、Verveレーベルに50年代から60年前半にかけての数々の名盤を残しているが、追悼企画として、今月(2007/3/7)一気に16枚のアルバムが復刻再発売された。しかも、今回のアルバムは、オリジナルLPに忠実な紙ジャケット仕様で、新規にオリジナル・アナログマスターからリマスタリング。
アニタ・シングズ・ザ・モスト(紙ジャケット仕様) 1956年 Verve
パーソネル:オスカー・ピーターソン
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