Murphy:「以前にビールバーの企画の件で依頼のあったプランナーが、また別件でDjangoくんに相談したいといってたんだけど。」
Django:「ああそうなの。」
M:「今度は、サントリー・バーで、音楽を変えてお店のイメージを一新したいらしい。そこで、なにか良いアイデアはないかと。他の店にはないユニークな音楽を考えているそうだ。」
D:「これまではどんなジャンルの音楽を流していたの?」
M:「50〜60年代のオールディーズ中心で、時たまヘレンメリルなんかのジャズボーカルをかけていたらしい。」
D:「客層は?」
M:「ビジネス街にあって、サラリーマン層が中心。30代〜50代で、女性客もけっこういるそうだ。」
D:「それで、店内のイメージは?」
M:「サントリー・バーだから、コの字型のカウンター中心。壁は木製のダークな色合いで、50年代のポップス系歌手のモノクロ写真なんかが飾ってある。プレスリーの人形も置いてある。」
D:「だいたいイメージできたよ。それでそのプランナーの希望は?」
M:「大人のムードなので、レトロなイメージは維持したい。でも今かかっているオールディーズは、新鮮味がないので、もっと他の店とは違うユニークな音楽がほしいということ。ジャズもいいんだけど少し重いので、もっと軽いものを求めている。店内の照明は暗めだけど、音楽は明るく軽快にしたい。本当は、ジャンゴなんかがいいらしいけど、既にビール・バーで提案してしまっているので、重複はさけたいとのこと。でも、ジャンゴのようなスイング感があればいいなあ、と言っていた。」
D:「そうかおよそ見当はついてきた。レトロな味わいで、懐かしくもあり、気軽にBGM的にも聴けて、ウキウキした気分にもなる。思いっきりスイングしている音楽だろう。そうかといってビッグ・バンドは派手すぎるし、モダンジャズは重くて、もっと明るいものが欲しいということだね。」
M:「そんな条件を満たすものってあるの?」
D:「ズバリ、"ファッツ・ウォーラー"だね。1920年代から40年代に活躍したスイング・ピアノの元祖。いわゆるトラディッショナル・ジャズ。おおらかにスイングし、楽しくてウキウキする音楽。彼は、道化師でもあり風来坊のように生き抜いた。でも、彼の一番優れた才能は、ピアノ演奏と作曲。生まれたのは1904年。スイング時代を代表する名ピアニストだ。しかも、コンボ・リーダーであり、名作曲家でもあった。Murphyくんも知っているカウント・ベイシーの初期の演奏は、ファッツそっくり。名ピアニスト、アート・テイタムも「ファッツこそ、私の出発点であった」と語っている。ストライド奏法を駆使するファッツのピアノ演奏が、その後のピアニストに与えた影響は計り知れないものがある。後の、ベイシー、エリントン、さらにはモンクなどにつながるフレーズのもとがある。左手のリズムのバネと跳躍感はすごいね。初めて聴いた時、二人で弾いているのかと思った。」
M:「それほどの人なら、けっこうジャズを聴いている人はみんな知ってるの?」
D:「いや、あまり知られていないね、残念だけど。」
M:「そうすると一般にはほとんど聴くチャンスはないということか。」
D:「どこの店にも流れていないから新鮮だぞ。この愉快な音楽は、空間イメージまで変えてしまうよ。サントリー・オールド・バーが、サントリー・ヴィンテージ・バーに変身!。これからの店舗のプランニングは、もっと音楽とインテリアが一体になって空間を演出しなければ。そのリアリティが大事なんだ。壁にかかっている額縁の写真も1930年代風に変えればさらによくなるよ。」
M:「これなら、ビール・バーでジャンゴの曲を提案したときと同じくらいインパクトがあるね。」
D:「ファッツ・ウォーラーのアルバムは、LP時代にはけっこう出ていたんだけど、CDに変わった当初はあまり出てこなかった。でも、最近は、少しずつ発売されるようになってきた。以前から度々採り上げているイギリスのJSPも、昨年10月ついにファッツの4枚組Boxセットをリリースした。音質は改善され格段によくなった。最大のヒット曲、"ハニサックル・ローズ(Honeysuckle Rose)"が1枚目の1曲目に入っている。この曲、実は以前に紹介したけど、ルイ・アームストロングもファッツのソングブック集"Satch Plays Fats"で吹き込んでいる。」
※参考文献 油井正一:「RCAジャズ栄光の巨人たち8 ファッツ・ウォーラー」LPレコード(RVC RMP−5108)付録ライナーノート,1978
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The Complete Recorded Works, Vol. 2: A Handful of Keys
イギリスJSP盤 2006/10 Release
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