Django:「午後2時、主人に連れられて熊野神社前に到着。交差点を渡り東南角から少し東へ向かうとバス停があり、その脇に京都の老舗ジャズスポットYAMATOYAの看板を見つけた。今日の目的はジャズ喫茶だとそのとき初めて気づいた。ボクはこのバス停で括られて待機させられるのかと思ったが、そのまま路地を南へ入り、店の前に到着。イヌを同伴できないから、外でしばらく待機。主人は1人で店の中に入った。ボクはウトウトしはじめ地面に屈み込んで居眠りをしてしまった。
20分ほどで主人は戻ってきた。コーヒーの香りがした。いつものドッグフードを2粒もらった。この店は、昔と同じアットホームな雰囲気が残っているらしい。なんでも入って直ぐ左手には、アップライトピアノが置かれ、その両側にはイギリスのスピーカー、名器ヴァイタ・ヴォックスが並んでいるという。主人が言うにはここの店は今でもLPレコードをかけており、CDと違って聴き疲れしない柔らかな音らしい。ボクもだいたい想像がつく。というのは、いつも家では、主人はCD以外にLPレコードもかけているので、音質の違いはよくわかる。どちらかといえばボクは、LPレコードの音の方が好きだ。アナログの音って、なにかホッとする空気感を発してくれる。
主人が言うには、CDの方が物理特性は上だけど、聴感上はアナログの方がリアルに聞こえることもあるらしい。ボクもそう思う。人の声(ヴォーカル)なんかはLPの方が本物にそっくりだと思えることがよくある。」
Murphy:「CDと違って、LPレコードはノイズが出るだろう。」
D:「確かにそのとおり。でも、あまり気にならないよ。レコード盤の状態によるけどね。今のCDは出始めた頃に比べてずいぶん音がよくなった。最新のリマスター盤なんか驚くほど改善された。もうどっちがいいとか悪いとかの話じゃなくて、それぞれに良さがあるわけで、これからも共存していってほしい。
ところで、その夜、主人はジャズヴォーカルをかけていた。このアルバムはCDだけど、音質が素晴らしかった。演奏内容も申し分なし。びっくりするほど深みのある声だった。」
M:「誰のアルバム?」
D:「あまり有名な人ではなさそうだ。白人の女性ヴォーカリストで、キャロル・スローン(Carol Sloane)という人。アルバムタイトルは、Dearest Duke。2007年1月の録音。Arborsレーベルから2007年6月にリリースされたらしい。伴奏はシンプルで、Ken Peplowski(テナーサックス、クラリネット)とBrad Hatfield(ピアノ)の二人。曲目は、すべてエリントンナンバーばかり。」
M:「そういえば、Djangoくんもご主人の影響をうけて、デューク・エリントンが好きだったね。」
D:「うちの主人が言うには、キャロル・スローンは、エラ・フィッツジェラルドの亡き後、本当のプロフェッショナルとして玄人好みの貴重なジャズ歌手だって。穏やかに語りかけるその歌声は、大人の成熟した女性ならではの説得力を持つ。若い頃からずっとデューク・エリントンにあこがれ、エリントンナンバーをライフワークとして歌ってきた人ならではの深みをもった歌声だ。ボクは、1曲目のSophisticated Ladyが始まった瞬間から、自分の耳がピクッと震えてしまった。ああ、この曲はこういう歌い方でなければ!と思った。半音階での移行を伴う複雑なメロディーラインは、キャロル・スローンのような熟達した歌い手でないと、曲の心を決して表現することは出来ない。
2曲目のSolitude。これがまた素晴らしい。周りが静まりかえった夜に聴く歌だ。Peplowskiのサックスが寄り添い、Hatfieldのピアノが丁寧に控えめに奏でる。もっとも上質なジャズが流れる時間だ。Sophisticated LadyとSolitudeはボクの最も好きな曲。本物が歌うと曲の魅力が一層高まる。主人は、このアルバム、2007年度の最高のジャズヴォーカルアルバムではないかと言っていた。ボクも同感だ。」
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