Django:「いつもの散歩コースである鴨川へ出ると、急に風が強くなってきた。3月にしてはまだまだ寒いなあ、と思いながら歩いてると、雪が舞い降りてきた。真冬のようだ。主人は、ポケットに手を突っ込み、かなり寒そうな様子だった。ボクは、寒いのは平気。"ラブラドール・レトリバー"は、カナダのニューファンドランド・ラブラドール州が原産だけあって、これぐらいの寒さではびくともしない。これまで真冬の鴨川でも、何度も川に飛び込んだ。雪の中をずぶ濡れになって家まで帰ったこともある。その度に主人は呆れた顔をする。
北大路橋を過ぎてしばらく歩くと出雲路橋に到着。いつもはここで引き返すのだが、主人はいっこうに戻る気配がない。橋をくぐりさらに歩き続けた。下鴨神社の近くの葵橋を超え、ついに出町柳に到着。ひょっとして今日は、と行き先を予想していると、ボンボンカフェの横の階段を上り、今出川通りに出た。その通りを西へ進み、河原町今出川交差点を南へ渡った。やはり今日の行き先はあそこだ!と思った。交差点を過ぎパチンコ屋を超えた角で主人は立ち止まった。ドーナツの香りがする。通りを挟んで南はミスター・ドーナツだった。角の電柱にリードを括り付けると、”行ってくるからな”とボクに声をかけた。
行き先は、予想通りレコード屋だった。つだちくという名前のレコード店で、なんでも昭和9年創業の老舗らしい。今は店を移転しビルの1階に入っているが、以前は今出川通りの河原町西入ルにあったそうだ。30分ほどで主人は戻ってきた。手には、大きな袋をさげていた。臭いを嗅ぎ分けると、LPレコードだとわかった。結構古そうだ。いわゆる中古レコードに違いない。いつものように、ドッグフードを2粒もらった。
出町の河川敷のベンチに座り、主人は袋からレコードを取り出した。ジャケットの裏のライナーノートを読み出した。1枚目は、オスカーピーターソンのアルバムだ。タイトルは、At the Stratford Shakespearean Festival / Oscar Peterson Trio。あれっ、確かこれ聴いたことあるぞ! と、そのとき思った。シェークスピア・フェスティバルでの1956年のライブレコーディングだ。当時のメンバーは、ドラムレスで、ピアノのオスカー・ピーターソンに、ギターのハーブエリス、ベースのレイ・ブラウンの3人編成。当時まだハーブエリスが参加していた初期の貴重なトリオ盤。ドラムが入っていないから、このサウンド覚えているけど、確かCD盤が家にあったはずだ。
家に帰って、さっそく主人は、ジャケットからレコードを取り出し、両面を丁寧にチェックした。ぼくが見たところ無傷できれいだと思った。針がおろされた。スインギーなピアノトリオの演奏が始まった。3人のスインギーなノリの良さが、ボクの体に伝わってきた。56年のライブ録音でもともと音質はややこもり気味だが、レコードならではの音の勢いは十分感じられた。」
Murphy:「やはり、そのアルバムのCD盤は持っていたの?」
D:「そう。ひょっとして主人は、忘れていたのかなあと思ったけど、あとからそのCD盤を棚から取り出していた。」
M:「どうして、同じものを買うの?」
D:「ぼくも最初はよくわからなかったけど、あとで納得した。その後、主人はLPレコードを、ジャケットサイズの木製の額縁に入れて壁に飾っていた。そうか、主人はこのアルバムが好きでLPジャケットを部屋に飾りたかったんだ。」
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